NOVEL

revisions リヴィジョンズ

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『revisions リヴィジョンズ SEQ』
渋谷帰還後、TVアニメ12話エピローグで再会を果たす前日、
大介たちは、なにを想い、どう過ごしていたのか――?
ノベライズ著者・茗荷屋甚六が書き下ろす公式後日談(sequel)!

『revisions リヴィジョンズ SEQ』第6回(全7回) 著:木村航

    06 慶作の時間

 ──2017/10/08(Sun.)/22:41
 東京都千代田区・時空災害被災者臨時宿舎

『いきなり言われても、みんなもどうしていいかわかんないと思う。だから、少し回り道になるけど、まずあらためて俺の体験を書かせてくれ』
 ありのまま書く。今の大介にできるのは、それだけだ。
『ニコラスと戦った時の話は、前にもみんなに簡単に知らせたよな?』
 即座に反応があった。
『聞いた。ぶっちゃけファンタジーっぽいなって思ったけど、でも本当なんだなって』
『なんか星空みたいなところで戦ったんだよね?』
『その場所を、ニコラスはこう呼んでいたんだったな』
 わずかに間を置いて、ガイは書き込んだ。
『時間の外──と』
『そうだ。そこは本来、俺が存在できる場所じゃなかった』
『どういうこと?』ルウの反応は早かった。
『みんなもカオス軌道のシミュレーション映像を見ただろう?』
 もつれあった線で織り成された、ゆるい球体のイメージ。バランサーの時間跳躍理論を説明するため、ミロが見せてくれた3D映像。アーヴの時間跳躍理論に基づくそのモデルは、リヴィジョンズの人工量子脳にも取り入れられ、やつらの拠点の司令室にも浮かんでいた。
『あれはミロが見る時間のかたちで、認識するには量子脳が必要だって言ってたろ。俺たち普通の人間は、あの線上にあるどこかの時間で生きている。ミロは量子脳を持つバランサーだから、複数の時間を認識し、跳び渡ることもできる。時間跳躍ってやつな。けど、俺たちには無理だ。ひとつの時間しか知らずに一生を送る』
 行を改めて続ける。
『で、時間の外っていうのも、それと似たところがあると思うんだ』
『じれったいなあ。あんたが言いたいのは、つまりこういうこと?』
 せっかちなルウは遠慮がない。先回りして書き込んだ。
『時間の外は、このカオス軌道の外。そこからニコラスが見た世界で、あいつ以外には認識できない。ましてや普通の人間が、そこへ行くなんて絶対無理』
『話が速くて助かる』
『こっちはさっぱりなんだけど。もっとわかるように言ってよね。私たちが、ちゃんと納得できるように』
『あのさルウ。念のため確認するけど、俺がウソついてると思うか?』
『思わない。わけわかんないけど、でも本当なんでしょ』
『当たり前だ』
『威張らないで。わかるように言って。私たちが納得できるように』
『難しいんだよ!』
 けれど伝えたかった。みんなに伝えなければならなかった。
『時間の外へ行くのは無理だ。けど、ニコラスが俺を招いた。そこでなら俺の存在を完全に消し去ることができるからだ。そのために、やつは手を貸してくれたんだと思う。この俺が、時間の外で一時的にでも存在し続けられるように』
『そんなことできるの』ルウが突っ込む。『都合が良すぎない?』
『可能性はある』ガイがフォローした。『ミロが時間跳躍をする時も、身に着けている物なら持ったまま跳べた。ならばニコラスにも同じことはできるんじゃないか』
『俺は荷物扱いかよ!?』
『気に触ったら謝る。すまん』
『いや、まあ……案外そんなところかもな。けど、俺を本当にフォローしてくれたのは、慶作の意志だったと思うんだ』
『時間の外へ大介を招いたのは、ニコラスだろう』ガイが反問する。『やつの意志はどうなる?』
『もちろん主体はニコラスだったと思う。けど無意識下で、慶作の意志がニコラスを邪魔してた。だから何度俺を殺そうとしてもうまくいかなかった。それで最後の手段として、俺を時間の外へ招いた。あそこは俺たちが生きてる時間のすべてに繋がってる。あそこで死ねば、すべての時間で死ぬ。というか消え去る。過去からも、跡形もなく』
『だが大介、おまえが勝った』
『慶作の協力がなかったら勝てたかどうかわからない』
 ヤレ、ダイスケ──パペットの音声回線を通じて届いた慶作からのメッセージは今も耳に残っている。ゲシュペンストの顔面に埋め込まれた憤怒の形相の奥には、あの瞬間にもずっと変わらぬ友の心が残っていたのだ。
『俺は、いや俺たちは、ニコラスを倒した。そして漂流が始まった。時間の外の星空を漂ううちにパペットは光の粒子になって消え、俺の体にも同じ変化が起こり始めていた。ここまでだ。これが俺の精一杯なんだ。そう諦めかけた時、慶作が来てくれた。いつものあの笑顔で、消えかけた俺の手を取って、そうしてみんなと繋いでくれた』
 このことはすでに皆にも話してあった。トークアプリを介しての会話だから履歴を辿れば確認できるだろう。もちろん聞き取り調査の際にも何度も説明させられたが、当局側にどれだけ伝わっているかは謎だ。信用されているのかどうかも。もっとも、そんなのは向こうの勝手で、大介は自分に語れることを何度でも語るだけだ。  が、さて──
『ここから先は、まだ誰にも言ってなかったことなんだけど』
 改行すると、タイムラインにただちに反映された内容が皆の元へも届いたはずだ。
 同じ文字を秘かに追っている当局の関係者やその他の勢力も少なくはないだろう。そのくらいのことはガイほど切れ味の優れない大介の頭でも想像はつく。構うものか。問われれば語るだけだ。やましいことは何もない。ただこれまでは確信が持てなかった。
 記憶と幻想は紙一重だ。どちらも自分の中にしかない。共に経験した誰かがいるならばともかく、客観的根拠のない体験なら、本当にあったことなのかどうかを確かめる方法はない。
 そう思っていた。今夜、この会話が交わされるまでは。しかし──
『みんなの力を借りたい』
 方法はある。気づかせてもらった。
『さっきガイはみんなに言った。七年前の誘拐事件の日を思い出してくれって。俺はそこまで無茶は言わない。ごく最近のことを思い出してくれないか』
『わかった』
『うん』
『いいだろう』
『じゃあ、まずマリマリ』
『なあに?』
『おぼえてるか。パペットの練習してただろ』
『うん。毎日のようにやってたよ。ルウやミロや、泉海さんもつきあってくれて』
『そうじゃなくて、基地でさ。お茶のペットボトルとか使って、細かい動作の練習』
『ああ、そっち? うん、やったよ。でも大介、なんで知ってるの』
『俺はその時、留置場にいた。なのに、その場面をおぼえてる。なぜだと思う?』
『なぜって……わかんないよう』
『どういうこと?』ルウが突っ込む。『その時って、兄さんと私はリヴィジョンズのパーツを回収に行ってた。帰ってきた時、基地にいたのはミロとマリマリと、慶作だけだったはず』
『大介、ひょっとしておまえは』ガイが尋ねた。『慶作の記憶を持っているのか?』
『そうとしか思えないんだ』
 大介は他にいくつかの場面の記憶を書き込んだ。
 たとえば転送初日の夜、大介がその場にいない取調室で、慶作を含む四人の仲間は七年前の誘拐事件の夜を思い出し、語りあっていたこと。
 たとえばパペット回収作戦の際、差し入れの弁当を囲んでの会話。ガイは大介の好物がサンマだとおぼえていたこと。その時、大介は別行動で戦闘中だったのに。
 第一次帰還計画の発表が行われた掲示板前で、慶作はマリマリに「俺の運のなさって異常だから」と笑って見せたこと。
 そして慶作が、夕暮れの公園で、母と交わした会話。慶作は、二三八八年に残りたいと言い出して、母に止められていたのだった。このことは慶作以外、誰も知らないはずだ。
 さらには七年前の、誘拐事件の日の夕暮れ時。夏祭りに行くため待っていた仲間たちの前に、大介はなかなか現れず──
『俺たちは諦めて四人で出かけた』ガイが応じた。『来なかった仲間が、いなくなっていたことに気づいたのは帰った後だ』
『あの時、私たちが探してれば、どうなっていたのかな』
『マリマリ、そのことはいいんだ』
『でも……』
『俺たちは過去をやり直せない。悔やんでもしょうがないんだ。だから今は、これからのためにできることをしよう。思い出してくれ、あの晩のことを』
『うん!』
『あの晩、いなくなっていたのは誰だ? 本当に大介だったのか?』
『大ちゃんだったよ』ルウが懐かしい呼び方で書き込んだ。『私おぼえてる。みんなと相談したもん』
『その時さ、慶作は言ってなかったか、俺のこと』
『大介のこと? どうだったかなあ。なんか言ってた気はするけど……』
『俺の記憶だとさ、こんなこと言ってたんだ。──あいつ、いっつもついてないよなぁ』
『待って。なんで慶作がそんなこと言うの? 俺ってついてないわ~って、いっつもぼやいてばっかりじゃなかった?』
『だよなあ。俺も不思議なんだよな』
『けど慶作、そんなこと言ってたよ。私の隣にいて、ボソッと言ったの。なんとなく思い出してきた』
『なんで? あの頃の大介は泣き虫だったけど、ついてなかったわけじゃないよね?』
『だよな』大介は答えた。『少なくとも今は、慶作と俺の運は逆だ』
『捏造記憶の可能性は否定できない』ガイが冷静に書き込む。『だが、その確率は低い。作られた記憶は合理化され、もっともらしくなるものだ。なのに大介が言い出したのは、俺たちの普段の感覚とは逆のことだ』
『じゃあ兄さんは、結局どう思うわけ?』
『どこかで書き換えられたんだろう。ニコラスの修正か、あるいはアーヴの活動の結果か、それは知り得ないが、いずれにせよあの時の俺たちにとって、慶作の言葉は違和感のないものだったはずだ。そしてその後の七年間で、認識は正反対になった』
 二〇一〇年はかれらにとって過去であると同時に、時間跳躍の先にある、もうひとつの未来だ。リヴィジョンズとアーヴのふたつの陣営に加え、今やニコラスの介入までも許し、いかようにねじ曲げられたかは大介たちの知りうるところではない。
 慶作と大介、対照的なふたりの運不運が逆転したのも、未来からの干渉の結果だったということか──
『うう~混乱してきた』ルウが書き込んだ。『ごめん。もういっぺん確認させて。あの日の夕方、来なかったのは大介だよね?』
『ああ』
『うん』
『そう記憶している』
『なら私、なんで変な大介のことも憶えてるの? 誘拐されたのが慶作だったから、ミロじゃなく変なのが来たんでしょ?』
『だからいちいち変とかゆーな!』
『記憶の複線化……っていうやつ、なの?』
『たぶんね。でも、だったら夕方の場面でも、慶作がいないバージョンの記憶があるはずでしょ。なのに、いくら考えても無理。全っ然出てこない』
『だったら、過去が書き換えられたのはその後なんじゃないのか』
『大介に賛成だ。今、俺たちの記憶に残っているあの日夕方の状況はただひとつ』
 すでに検討を終えたのだろうガイは、ためらわず続ける。
『あの場にいたのは慶作で、帰ってこなかったのは大介だった。にもかかわらず、大介も同じ記憶を持っている。つまり、大介の中には慶作の記憶が共有されている』
『このことなんだね、大介。あんたが言ってたこと。慶作の時間が流れてるって』
『ああ。やっと確かめられた。みんなのおかげだ』
『慶作の……記憶? 時間? 大介の中に、今も在るの?』
『いや。今はもう過去だ。時間の外へ出た時に、あいつと俺は一瞬、互いに交錯し混じり合ったんだと思う。今はもう離ればなれになったけど、断片的な記憶が残った。どんどん忘れていくけど……でも今、みんなと話せて、確かめ合って、わかったと思う。俺の中には、確かに慶作がいたんだって』 『そうだ。あいつの記憶が俺の中にある。断片的だけど、何かきっかけがあれば、もっと思い出せるんじゃないかな。タイムカプセルみたいなものだ。あいつが生きてきた時間が、俺の中に今も流れてるんだ』
『慶作は消えてないと言ったな。大介、おまえがそう考える根拠は、このことか?』
『ああ』
『なぜそうなる? 論理が飛躍してないか?』
『いや……ガイにそんなこと言われると不安になるな……』
『は? おまえなあ……』
『けど、もう一度考えてみてくれ。いいか、慶作はニコラスと融合してただろ』
『そうだな』
『ニコラスは、時間の外で慶作と俺に負けた』
『らしいな』
『慶作はニコラスと分かれ、お互いに相手を消去しようと争った。その後どうなったかは知らない。俺はみんなのおかげで帰ってこられた。慶作は、そうじゃなかった』
『そんなことはわかってる』
『そうか? じゃあ聞くが、ニコラスが俺を時間の外へ招いた理由は?』
『おまえの存在を消し去るためだろう』
『その通りだ。あそこで死ねばすべての時間の俺が死に、消えただろう。過去の時間も書き換わり、みんなの記憶も修正されていたはずだ』
『待てよ? ということは』
 わずかな間を置いて、ガイは続けた。
『同じことは、慶作とニコラスにも起こるんじゃないのか?』
『おそらくはな』
『だが俺たちはみんな慶作をおぼえている』
『そっか!』
『慶作は消えてないんだね!』
『ああ』
 湧き起こってきた嬉しさと誇らしさを噛み締めながら、確信を持って記す。
『俺たちがおぼえてる限り、あいつはどこかで生きてる』
『待って! それじゃニコラスも?』
『だろうな』
 時間の外の星空が、今も大介の脳裏に強く印象づけられている。無数の時間に繋がった、無限の虚無──
『ひょっとすると今も慶作と戦い続けてるかもしれない』
『えぇ~』
『ただ、やつの力は弱まってると思う。慶作が抑えてくれてるのかもしれない』
『根拠は?』
『俺たちが、やつの矛盾の痕跡を確かめられるってことだけじゃ足りないか』
『なるほど』
 すべての時空の観測者。時間の修正も自在なはずの、神のごとき怪物。そんなやつが健在だとすれば、書き換えられた過去に疑いを持つことさえもできなくなるだろう。
『慶作がニコラスを阻んでいるとしたら、その戦いは長引くだろうな』
『どっちも力は互角のはずだしな』
『決着をつけようとすれば……大介、おまえが必要になる』
『ガイもそう思うか?』
『ああ。おかげで俺も、やっと心が決まったよ』

(続く)


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