revisions リヴィジョンズ
『revisions リヴィジョンズ SEQ』
渋谷帰還後、TVアニメ12話エピローグで再会を果たす前日、
大介たちは、なにを想い、どう過ごしていたのか――?
ノベライズ著者・茗荷屋甚六が書き下ろす公式後日談(sequel)!
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『revisions リヴィジョンズ SEQ』第1回(全7回) 著:木村航
慶作は、どうやらあれから俺の中に住みついてしまったらしい。
思い出す。『時間の外』の星空に、どこからか射してきたまばゆい光を。
その光の向こうに見えた仲間たちの姿を。
ガイ。ルウ。マリマリ。幼い頃から一緒だった、かけがえのない友。みんな俺に手を差し伸べてきた。
助けようとしてたんだ、この俺を。
みんなの手を握り締め、光の中へと引き上げられていった時の嬉しさを、俺は生きている限り忘れないだろう。
けれどその時、もうひとりの友の姿は、すでに俺の視界から消えていた。
そしてそのまま還ってはこなかった。
消えてしまったのだろうか?
あの時ニコラスは慶作を消し去ろうとしていた。そして慶作もまた相手に対して同じことを試みていた。融合し、いったんは一心同体となったふたりが、互いをすべての時間の上から消滅させようと争っていたのだ。
両者の戦いがどういう結末を迎えたのかは知らない。
けれど俺には、今もありありと息づく友の記憶があった。
だからきっと消えてはいない。
それどころか今──
俺の中には、あいつしか知らないはずの時間が流れているようなのだ。
01 大介
──2017/10/08(Sun.)/21:33
東京都千代田区・時空災害被災者臨時宿舎
日課の筋トレを終え、軽く汗を流して浴室を出ると、ちょうどスマホの着信音が鳴った。時刻は21時半を回ったところ。いつもの時間だ。堂嶋大介はスマホを取り、二段ベッドのハシゴを登った。あてがわれた臨時宿舎の天井は低く、うっかりすると頭をぶつけそうだ。固いマットレスの上に寝転がり、スマホの画面を確かめる。
トークアプリのグループ「GUARDIANS」にメッセージが入っていた。ルウからだ。
『明日はやっとみんなに会えるね!』
すぐにマリマリがレスした。
『楽しみ~!』
短いメッセージの後にはスタンプの画像が添えられた。動物のアニメキャラが期待に眼を輝かせてぴょんぴょん飛び跳ねている。マリマリの書き込みはいつもこんな調子で、大介はいまだに気恥ずかしさをおぼえる。
タイムライン上に並んだアイコンもそうで、どちらもかわいいし華やかだ。ルウは手描きの自画像イラストで、画面へ向けてグーパンチを繰り出している。マリマリは動物のアニメキャラで、恥ずかしそうに笑う表情が本人によく似ていた。
ふたりは明日のことについて楽しそうに語らい始めた。着ていくもの、食べたいもの、気になるかわいいものおしゃれなもの。いかにも女子の会話という感じだ。
なんというか、気後れがする。この中に自分がいてもいいのか。浮いてないか。ついそんなことを考えてしまう。
以前ならもっと堂々としていられた気もする。正しくは「のうのうと」かもしれないが。
みんなを守る。それが使命で運命。だから仲間の中心にいて当然だし、受け入れられないのはおかしい。少し前まで大介は本気でそう信じ込んでいた。むろんそうすることで自分自身を守ろうとしていたのだ。
あの頃なら、今のように仲間とたわいない会話を普通に交わせる環境になったら舞い上がり、大いばりで偉そうなことばかり言っていただろう。
考えただけで冷や汗が出る。
ほんの四ヶ月ほど前、この夏の入り口ぐらいの時期には、彼は目も当てられない痛々しいありさまだったのだ。
今は少しはましになった、はずだ。
だからこそ皆に受け入れられ、こうして日常的にやり取りをするようになった。
そうなったらまたそれはそれで落ち着かない気分になるのだから、人とうまくやっていくのはつくづく難しい。
『大介は』ルウが書き込んだ。『もうおねむの時間?』
さっきから既読スルーにしていたのを見咎められたのだろう。ちょっと意地悪な笑顔が眼に浮かぶようだ。大介は書き込んだ。
『まだ就寝時間じゃない』
大介のアカウントのアイコンは空白だ。それで構わない気がしている。
『信じらんない』ルウが突っ込む。『あんたまだ8時間睡眠厳守なの?』
『当然だ。健康管理の基本で義務だ』
マリマリがスタンプを使ってレスした。苦笑するアニメキャラがツツッと画面上を後じさる。「えぇ~」という声が聞こえてきそうな「引いてる」表現だ。マリマリは続けて書き込んだ。
『大介、向こうでもしっかり寝てたよね……』
『こいつホント図太いし』
『最高のパフォーマンスを上げるためには必要なことだ』
『そのわりには空回りばかりしてたけど』
『うるさいなあ』
『頑張ってたよね!』マリマリがフォローに回った。『私、いっぱい助けてもらった!』
『俺だけじゃない。みんな頑張ってた。俺たちが戻ってこられたのは、みんながいたからだ。感謝してる』
大介が書き込んだ後に、少し間が空いた。
やがてマリマリがスタンプを上げた。祈るようなポーズのアニメキャラが滂沱の涙を流している。感動に震えているらしい。
続いてルウの書き込みがあったが、こちらは例によって辛辣だ。
『あんた本当に大介? アカウント乗っ取られてない?』
『相変わらずひどいな!』
『びっくり。あんなにイタかったあんたが、まともなことを書くようになるとは』
『イタくて悪かったな』
『変わったのは大介だけじゃないよ』マリマリが書き込んだ。『私も、他のみんなも、向こうへ行ってからずいぶん変わったと思う。本当にいろんなことがあったもんね』
『変わらなかったところもあるけどね』ルウが応じる。『大介の日課とか』
『おかしいか?』
『別にいいけど。あんたらしいし』
そう書き込んでからわずかに間を置いて、ルウは続けた。
『ただ、ちょっと気になるかな』
『なにが?』
『あんたは今も何かに備えてるのかなって』
すぐにはレスを返せなかった。
マリマリが言う「向こう」とは、むろん場所ではない。時間だ。
大介は改めて思い返さずにはいられない。五・一七渋谷転送からの日々を。
見知らぬ未来で繰り広げられた戦いと、失われたものの重さ。いくつもの死と喪失の痛みは未だ癒えず、埋めがたい欠落はくろぐろと口を開けたまま胸の奥にある。
けれど、かれらは帰ってきた。
今は十月。二〇一七年のだ。
渋谷が元の時代へ戻ったのは七月二日。あれからすでに三ヶ月が経過し、明日九日には帰還から百日目を迎える。
ここはもう二三八八年ではない。しかも渋谷でさえなかった。
『てゆーか大介、そんな生活でよくガマンできるよね』ルウが書き込む。『就寝22時、起床6時が日課。筋トレみっちり。自習もがっちり。外出するのは取り調べの時だけ』
『聞き取り調査だ。取り調べじゃない』
『なにそれ。あんた当局の味方?』
『敵視しても意味ないだろ』
『だからって行動を制限されるなんてひどくない? 私たちは自分の家だからまだいいけど、あんたは監視付きで押し込められてるんでしょう。ほとんど刑務所生活みたいなものじゃない?』
『そこまでひどくはないけど』
二段ベッドの上段から見下ろす室内は、元来単身者用の設計らしく、男ふたりが暮らすにはいかにも狭苦しい。幸い今夜は叔父の幹夫が宿直勤務なので、誰に気兼ねをする必要もない。
大介と叔父が収容されているのは千代田区内の臨時宿舎で、かつては公的機関の職員が利用していたという古い建物だ。昭和のにおいが残るコンクリートの巣箱。その中に、渋谷中心部転送エリアに居住していた時空難民──今は時空災害被災者と呼ばれることになった者たちが集められていた。
迎え入れられたという感じはしない。むしろルウが言うように閉じ込められた気がするのは否めない。
事実、かれら被災者は監視下にあった。当局側は「保護」の名目を謳うが、IDカード常時携帯の義務づけや行動・発言への「自粛要請」には批判が相次いでいた。
もっとも多少のメリットはある。
『少なくとも、ここは静かだ。周辺の警備が厳重だからメディアが寄りつかない』
そこまで書いて大介はちょっとためらい、まあいいかと思い直して後を続けた。
『おかげで平和だ。ルウはけっこう話題になってるけど、こっちはそんなこともないし』
『はぁ~?』
ルウの書き込みに怒りマークの絵文字が添えられた。
(続く)
こちらの『revisions リヴィジョンズ SEQ』は、
メールマガジン「revimaga リヴィマガ」にて連載されていた書き下ろし小説となります。