NOVEL

revisions リヴィジョンズ

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『revisions リヴィジョンズ SEQ』
渋谷帰還後、TVアニメ12話エピローグで再会を果たす前日、
大介たちは、なにを想い、どう過ごしていたのか――?
ノベライズ著者・茗荷屋甚六が書き下ろす公式後日談(sequel)!

『revisions リヴィジョンズ SEQ』第5回(全7回) 著:木村航

    05 記憶

 ──2017/10/08(Sun.)/22:08
 東京/回想

「それって……」
 呟いたルウの脳裏に鮮やかに蘇るのは真夜中の光景。大介の田舎。夏祭りのあと、空は荒れ模様に変わっていた。町の底には不穏なざわめきが満ちていた。日頃は早いうちに静まりかえってしまうのに、時ならぬ変事に対応すべく人々は駆け回っていた。
 幼いルウと仲間たちもまた、まんじりともせずに真夜中を越え、帰ってこない仲間を待ち続けていた。
 ルウは息を詰め、いっきに書き込んだ。
『誘拐事件のことだよね?』
『そうだ』兄は答えた。
(どういうこと?)
 わからない。これからどうするかの話をすると兄は書いた。なのに、七年前のあの夜が関係あるというのか。まるで大介みたいだ。使命と運命を与えてくれた、かけがえのない夜。あいつにとっては、それは確かに真実だったのだが──
(兄さんまでが、あの夜の出来事にとらわれてるの?)
 確かめなければならない。兄が何を必要としているのかを。
『思い出せって、何を?』
『何もかもと言いたいところだが、それは現実的じゃない。ポイントを絞ろう』
 いったん改行し、一拍置いて書き込まれた兄の問いは、こうだ。
『あの晩、誘拐されたのは誰だった?』
「何言ってんの、兄さん! そんなの……」
 決まってる。反射的にそう言おうとして、ルウは愕然とする。
 渋谷転送の頃には曖昧なものだったあの夜のありさまは、二三八八年の経験を経て、埋もれていた記憶の底から呼び起こされ明瞭な像を結んだ。今の今までそう思っていた。
 なのに、仲間の顔ぶれだけがはっきりしない。
 兄と自分、それにマリマリの三人は間違いない。大介の田舎の家の客間で過ごした不安な夜の場面がありありと思い浮かぶ。
 けれど、あの部屋にはもうひとりいたはずだ。誰だっただろう?
 そして、いなくなったのは?
 大介と慶作。どっちがルウたちと一緒で、どっちがその場にはいなかったのか。
『答えられないのか?』
 兄からの問いかけが書き込まれた。それを見てルウは悟った。
(こうなることを見抜いてたんだ)
 ならばルウが答えるべきは「正解」ではない。何が起きているかの「報告」だ。それはきっと兄にとって重要な情報になるのだろう。だから素直に書いた。
『んーと。何言ってるかわかんないかもしれないけど』
 もう一度、記憶を辿り直す。あの晩、一緒にいたのは誰か。
 いなかったのは誰か。
『私、あの晩の記憶がふたつあるかも』
 それ以外に答えようがなかった。
『いなくなったのは大介だって、ずーっと思ってたんだけどね?』
 犯人からの電話を取ったのは慶作だった。怪しい気配に感づいて、兄とふたりがかりで板戸を開いたのも。
 だから、あの場に大介がいるはずはなかった。
 いや、そもそも電話で大介の泣き声を聞いたではないか。
 なのに──
『ひょっとしたら慶作だったのかも。だっておぼえてるの。あの晩の大介の姿を』  幼い頃の、泣き虫の大介。電話を取る姿。ガイと共に板戸を引く姿。その向こうに立っていた異装の来訪者に驚く姿。一緒に山道をゆく姿。さらには、その後のことも。裏山の秘密基地での、犯人との対面とか。
 そう、そして何より──
『私、あの時言われた。ずっと大介を信じてくれって』
 真夜中の山道で、泣きながらルウにささやいた来訪者は、ミロではなかった。
 自称・警察関係者。たぶん仲間は誰も信じてなかった。バカっぽくて、ウソっぽくて、でもなんとなく憎めない「変なお兄ちゃん」の記憶──
『それを言ったのは俺だ』
 レスしたのは大介。ルウのもうひとつの記憶を裏づける、何よりの証拠。
『ありがとう。おぼえててくれて』
『別に感謝されるほどのことじゃないし?』
 急いで書き込みながらも、少なからず動揺をおぼえていた。そっけない言葉とは裏腹に、ルウの中にも確かに感慨のようなものがあったのだ。ただ、礼を言われるようなこととは思えない。むしろ問い詰めたかった。大介にも、兄にも、そして──
『これって、あの……あいつがやったことかな?』
 慶作とは呼びたくない。本人はそう名乗っていたし、そのようにふるまおうとしていたけれど、よく似た姿をした何者か。大介の話では、ニコラスという犬みたいなリヴィジョンズが、慶作と融合し乗っ取っていたらしいが──
『ああ』
『そう考えている』
 問いかけへのレスが返ってきた。大介と兄からの答え。ほぼ即答で、タイムラインにもふたつ同時に表示され、ルウは思わず笑ってしまった。なんなんだ、このシンクロ。意見がぶつかることが多かった大介と兄が、それぞれにたどり着いた答えが、奇しくも同じ方向を指し示しているという事実。
 つまりそれはふたりとも真相にたどり着いてるってことで、となると──
『じゃあ、私の記憶って、修正されちゃったの?』
 トークアプリにルビの機能はない。だからルウは続けて書いた。
『これ、リヴィジョンってやつかな?』
『定義にもよる』兄が答えた。『過去に干渉し改変するという意味では、その通りだ』
「やだ」声が漏れた。
 ルウは枕に深くもたれ、膝を抱える。不意におぼえた肌寒さは、シャツ一枚しか羽織っていないせいなのか。毛布なら手の届くところにある。が、役に立たないだろう。心細さを満たすには自分ひとりの体温では足りない。ましてやその「自分」が、知らないうちに変えられていたと知った今では。
『あいつが、私の過去を書き換えちゃったんだね?』
『そうじゃない』大介がレスした。『確かにやつは俺たちの過去を書き換えようとした。けど失敗した』
『失敗? なんで? 現に私の記憶は変わってるのに』
『変えられたんじゃない。変えたんだ。俺たちが、あいつの企みと戦って食い止めた。その結果が「今」なんだ』
「それって……」
 ルウの呟きを引き取ったかのように、タイムラインに新たな書き込みが現れた。
『それって、ミロが言ってたことと関係ある?』
 問い返したのはマリマリだった。答えはふたつ、今度もほぼ同時。
『ああ』
『おそらくは』
 微妙にニュアンスの異なる答えに、ルウの心細さはますます募った。

     *  *  *

「どういうこと……?」
 マリマリもまた不安に震えていた。もはやカーディガン一枚では足りず、お気に入りのアニメキャラが描かれたひざ掛けにくるまっている。指先も強張って何度も入力をミスしながら書き込む。
『おぼえてるよね、みんなも。あの夜、ミロから言われたこと』
『忘れるもんか』大介が即答した。
『あんたはそうかもしれないけど』これはルウ。『私、ぜんっぜんおぼえてない。けど、そのことにも意味があったのかなって今は思ってる』
『充分に可能性はあるだろう』ガイが応じた。『そもそもあの晩の記憶は俺たちの間でも以前から食い違っていた』
『びっくりしてたよね、兄さん。前にみんなで話してて、そのことに気づいて』
『それって、慶作んちのおばさんから差し入れされた日の作戦か?』
 大介が尋ねた。マリマリは答える。
『うん。パペットの回収作業の時ね』
 思い出す。二三八八年の荒野で広げた弁当には、大介の好物のサンマも入っていた。みんなで輪になって食べながら話しあった。仲間うちではタブー扱いになっていた七年前の誘拐事件の話を。
『俺は別行動中だったんだよな』
『そう』ルウが大介に応じる。『ミロの指示で私たちを援護するはずだったんだよね。勝手な真似してピンチになってたけど』
『でも、敵を見つけたら、やっぱり焦るよね』
 マリマリはフォローした。大介が切れるかと思ったからだが、心配は無用だった。
『ガイってさ、やっぱり記憶力いいよな。俺の好物をおぼえててくれた』
『はあ?』ルウがとまどったように返した。『何それ。あんた、作戦中にも私たちのおしゃべりをずーっと聞いてたの?』
『そんなわけないだろ。俺はもう勝手な真似で戦ってたよ』
『なら、なんであの時の兄さんの話を知ってるの』
『なぜなんだろうな。うまく説明できないんだけど』
 どういうことなんだろう。マリマリも混乱してきた。
『話を整理しよう。大介には気を悪くしないで欲しいが』
 ひとこと前置きしてガイは続けた。
『おまえの使命や運命の話を、俺たちは妄想だと思ってた。おまえが言ってたようなミロの言葉を誰も聞いていなかったからだ。その代わり、俺たちはそれぞれ異なる場面を記憶し、違うメッセージをミロから受け取っていた』
 マリマリもおぼえている。二〇一七年では忘れかけていたうっすらした記憶が、あの日の会話の中で記憶の奥底から浮かび上がってきたのだ。
『最後は自分で決めなさい……って、ミロは私に言ったよ』
 呼吸が速くなる。打ち込みスピードも上がる。
『でも慶作は違うって言ってた。すべてを受け入れなさいって、ミロにそう言われたから、だから何もかも諦めろってことじゃないかなって』
『俺へのメッセージは違う』
 ガイが書き込んだ。と、ルウが先回りする。
『すべてを疑え、だよね』
『そうだ。その言葉を告げたミロは、撃たれていた。黒岩署長の傷と近い位置に見えた。致命傷だったはずだ』
『ミロは生きてた』
 大介の反論に、すぐさまガイが応じる。
『ミロが二〇一〇年へ時間跳躍したのは六・一七渋谷決戦の日で、その後どうなったかはまた別の話だ。しかしそのことは重要じゃない。大事なのは、俺たちの記憶がそれぞれに異なる理由だ』
『兄さんのことだから、もう答えは出てるんじゃない?』
『ああ。俺は、ニコラスの干渉で影響が及んだ複数の時間の痕跡だと考えている』
『修正された過去ってこと?』
『じゃあ私たちって、ずいぶん違う時間を生きてきたのかな』
『俺たちには想像もつかないことだが、ニコラスは、それらの時間のすべてを手に入れ、思うがままに書き換えようとした。だが企ては潰えた』
『そうさ』大介が書き込んだ。『慶作が、やつの企みを許さなかった。あいつは俺に言った。ヤレ、ダイスケって。だから俺は……』
『悩まないでよね。らしくないから』
 その突っ込みは、たぶんルウなりの優しさなのだろうとマリマリは思う。
 ガイがややこしい状況をまとめる。
『ニコラスを倒したことで、複数の異なる時間が強引に統合され、ひとつになった。そう考えれば、俺たちの過去が食い違う理由に説明がつく』
 倒した。ニコラスを。大介が、そして慶作の意志が──
 その先にマリマリたちの「今」がある。けれど無傷ではいられなかったのだ。それぞれに異なる過去の記憶は戦いの痕跡でもあったのだ。
『二〇一〇年で、俺はやつと対決した』大介が書き込んだ。『ミロも一緒だった』
『そこにはちっちゃい頃の私やみんなもいたんだね』ルウが確かめる。『そして自称ケーサツのお兄ちゃんも』
 大介のことだ。ニューロスーツ姿の、SDSメンバーとしての、しかし名を名乗ろうとはしなかった彼の姿が、マリマリの脳裏にも今くっきりと蘇っていた。
『私も』マリマリも急いで書き込む。『思い出したの。変なお兄ちゃんがヒーローポーズやってた。あれ大介だよね?』
『俺ってそんなに変だったか!?』
「あっ……」
 焦った。フォローしたほうがいいだろうか。一瞬そう思ったが、やめた。
『変だったけど、だからだよ。おぼえてる』
(て言うか見たの、おんなじポーズを。未来にいる時に。すぐ目の前で)
 基地でふたりっきりの留守番の時、マリマリのために演じてくれたのは──
 しかし今は思い出に逃げ込むのはやめよう。つら過ぎるから。
『兄さんはどうなの? おぼえてないの、変なお兄ちゃんのこと』
『いちいち変って言うな!』
『実を言えば、俺にもルウやマリマリと同じ現象が起きている。記憶の複線化とでも名づけるべきだろう。ふたつの異なる過去が、今の俺たちの中には残っているんだ』
『変な大介の記憶はみんなに共通してるってことだよね』
『だんだんひどくなってるだろ! なんだ、変な大介って!』
『いいじゃん。あんたさっき威張ってたよね。変えられたんじゃない。変えたんだって』
『そうさ!』
 ざわり、とマリマリの胸に冷たい渦が現れ、深く抉るように蠢きながら拡大していく。その間にもルウと大介の応酬は続く。
『なら、なんで怒るわけ。喜ぶところでしょ』
『はあ?』
『あんたは望みを果たしたんだよ。ミロからもらった使命と運命を、本物だったって証明した。そうでしょ?』
 いつか大変なことが起こる。その時みんなを守れるのは、あなた。
 その場面をマリマリはおぼえていないが、ずっと聞かされてきてよく知っている。
 大介は、今どんな顔をしているのか──
『俺だけじゃ無理だった。みんなのおかげだ』
 みんなのおかげ。なんて殊勝なことを言うようになったんだろう。
『ニコラスは過去を書き換え、すべてを手に入れようとした』
 自信に満ちて、堂々と書き込む。
『防いだのは俺たちだ。そうして今ここにいる。元の時代で、おんなじ過去と未来を生き抜いて、離ればなれでも繋がっていられる』
 大介は変わった。強く、頼もしく、優しくなった。とても嬉しい。
 なのに、今のマリマリには素直に喜べない。
『マリマリも頑張ったよね』ルウが書き込んだ。いたわるように。
 ぎくっとした。声も出ないほどに。
『だよな』大介のレスは速い。『自分で決めて、選んでくれた』
 そう、選んだ。大介を。あのぎりぎりの瞬間に──
『感謝してる』
 思いを込めて書かれたのだろうその言葉を、マリマリはスルーしようと思った。触れなければいい。笑っていればいい。今までのように。そうすれば嫌なことは何も起こらないし、いつかは忘れられる。なのに、できなかった。震える手で問い返した。
『でも、本当にこれでよかったのかな』
 タイムラインが凍りついた。
 が、沈黙は一瞬で、すぐにルウが反応した。
『待って。何それ』
『怖いの』
『マリマリどうしたの。だいじょうぶ?』
『私、選んだ。自分で決めた』
『うん。偉かったよね』
『ミロに言われたから、だからそうしただけで、でも、でも決めたのは私自身で』
『落ちついて』
『だから、やっぱり私のせいなのかな』
『マリマリ』
『私が選んだ「今」には、大事な仲間がいないの』
 どうしても考えてしまうのだ。
 選ばなかった未来に、もうひとつの「今」があるのではないか。
 そこにはきっとすべてがある。あの頃のまま、なにひとつ欠けることなく──
『安心しろ』
 ぽっ、と暖かな灯のような言葉が目の前のタイムラインに現れた。大介だった。
『慶作は消えてない』

     *  *  *

(何を言い出すんだ?)
 ガイはいぶかしむ。出任せの気休めか? マリマリを励ますために、ありもしない妄想を語ろうと言うのか?
『本当?』マリマリが問い返す。
『ああ。俺を信じろ』
『そんなこと言われても』
『だよな。無理もない。でも本気で言ってるんだ。俺自身がそう信じてるから』
(どういうことだ?)
 根拠があるのか。ならば、それはなんだ。
『説明しろ、大介』
『そうくると思った。参ったな。うまく書けるかどうか。俺、あんまり文章とかじょうずじゃないし。おまえみたいに頭良くないし』
『わかってる。だが言葉にしなければ伝わらないぞ』
『ああ。やってみるよ。けど時間をくれ。頭を整理する』
『ごちゃごちゃになるだけじゃない? わけわかんなくても、とりあえず文字にしちゃったほうが整理できると思うよ。あんたには無理でも、兄さんがいるんだし』
『おまえら本当にひどいな!』
『では今のうちに俺から、状況をもう一度整理させてくれ』
 ガイはこれまでに確認した論点をまとめた。
『俺たちの記憶の複線化は、ふたつの時間のせめぎ合いの結果だ。ニコラスによる過去の修正を防いだことで、大介が跳んだ二〇一〇年は俺たちの「今」に繋がった。だから新たな記憶となって残っている。一方、以前からあったもうひとつの記憶は、ニコラスの干渉で書き換えられた時間の痕跡と考えられる』 『てことはさ』ルウが書き込んだ。『私たちが憶えてるミロは、同じひとりのミロから分岐した、別々の時間のミロだったってことだよね?』
『そうだ。さらには転送に至るまでの状況にも大きなブレがあったと考えられる。だからメッセージも異なっていたのだろう』
『私たちの知らないところでも、ニコラスとの戦いがあったんだね』
『その戦いは』マリマリが問い返す。『終わったの?』
 ガイは迷った。が、事実を書くことに決めた。
『俺も答えを知りたい』
『兄さんにも結論が出せないの?』
『だからこそ皆から話を聞かせてもらっていた。今、俺たちはどんな状況にあるのか。できるだけ正確に知りたいが、そのためには情報が必要だった』
『もしかしたら』
 マリマリの書き込みはいったん途切れ、間を置いて続いた。
『何もかも狙いどおりなのかも』
『狙いって』問い返したのはルウ。『あいつの?』
『ミロからのメッセージが違っていたのも、わざとそうしたのかも。そうすれば私たちの行動をコントロールできるよね』
 ニコラスが進化するために、あえて過去の修正を不完全なものに留め、複数の時間で為されたミロの「予言」をひとつの時間に集めた──と?
(では俺たちのこの議論も、すべてはニコラスの思惑通りということか?)
 わからない。ガイには確信が持てず、結論が出せない。
 すべてを疑えとミロは言った。それさえもニコラスの仕組んだ罠だったとしたら。
(どうすればいいんだ、俺は?)
 と、タイムラインに簡潔な答えが書き込まれた。
『考えすぎだ』
 大介だった。すぐにルウがレスを返す。
『なぜそう思うの?』
『あいつはそこまで万能じゃない。同時に複数の時間に干渉するとパワーダウンするし、何よりあいつの中には、俺たちの仲間がいる』
『慶作のこと?』
『あいつが俺たちを陥れたり、悲しませるようなことをするもんか』
(それはどうかな)
 黒いやつ──ゲシュペンストもまた慶作のもうひとつの姿だったのなら、大介の言葉には疑問が残る。
『なぜ言い切れる? 大介、おまえには断言するだけの根拠はあるのか?』
『何言ってんだ。みんなと俺を繋いでくれたのは、慶作じゃないか』
『そっか! あの時の光の門!』
『渋谷が戻った日の?』
 ルウとマリマリの書き込みを見るまでもなく、ガイも思い返していた。
 時刻は真昼。転送境界線間際の路上に渦巻く光。異空間へと通じるその門の向こうから、声が届いた。ガイの心へ直接呼びかけるように──
『忘れはしない。確かにあの時、慶作の声がした。みんなで力を合わせろって』
『私たち、光の奥へ手を伸ばして。握り返してくる手を、三人で思いっきり引っ張って』
『光の向こうにいるのが誰なのかは見えなかったけど、でも私わかったよ』
 そこにいるのは大介だと──
『俺には、みんなが見えてた。けど、その直前まで俺の前には、慶作がいたんだ。なのに、みんなの手を握り返したとたん、あいつの姿は見えなくなって』
 わずかな沈黙の後、大介は続けた。
『俺が今ここにいるのは、あいつのおかげだ』
 確かにその通りだ。しかし、それでもなおガイは問わねばならない。
『大介、おまえは言ったな。慶作が今も消えてはいないと。そう信じる根拠はなんだ』
 間があった。
 書きあぐねているのか。それとも答えられないのか。あるいは他に理由が?
(頼む、大介。答えてくれ)
 祈るような気持ちでガイは待ち続けた。
 ルウもマリマリも息を潜めて待っているのだろう。タイムラインに動きのないまま、時は過ぎ、やがて──
『いくら考えてもわからない。みんなに伝えるには、どう書けばいいのか。しょうがないから、ありのままに書こうと思う。信じられないかもしれないが』
 一気にそう書いて大介は、一拍置いて続けた。
『実は今、俺の中には、慶作の時間が流れてるみたいなんだ』

(続く)


こちらの『revisions リヴィジョンズ SEQ』は、
メールマガジン「revimaga リヴィマガ」にて連載されていた書き下ろし小説となります。